一定期間更新がないため広告を表示しています

| | -


話題になっている斉藤和義の動画を観てたら胸が苦しくなった。
彼の感情がほんとに強すぎて、ただでさえ弱ってる時に最後まで観るのはエネルギーを要した。

あんなに綺麗な軽やかだった曲を、冷たく鋭い言葉に歌うことは、きっととても、辛くて苦しいことだっただろう。
自ら紡ぎ出した歌を、批判に怒りに満たすことは、泣きたいほど悲しいことだっただろう。
けれど、彼をそうやって動かした怒りは、他人が想像するよりも大きなもののはずであり、
彼の悲しみは、ずっとずっと深いものなのかもしれない、と
まるで、とてつもなく大きな何者かに叫び続けるような歌声を聞きながらじっと考えていた。
心をナイフえぐられるような、息ができなくなるような、こんなにも強い想いに満ちた歌を、私はこれまで聞いたことがあっただろうか。

過去をどれだけ憎んでも、悔やんでも、何一つとして取り戻すことはできない。
そんなこと、とっくの昔に分かっている。
未来を志向しなければ、取り残されるだけだと。
怖がっても、悲嘆しても、何も生まれない。

けれど、どうか
怒りや悲しみが無駄になることがありませんように。
疑問の声を挙げなかったことを責め合うことが起きませんように。
咎はもう十分に。

明日はどんな日になるだろう。
笑うだろうか、怒るだろうか。
大きな出来事に日常が掻き消されそうになるけれど、
明日も変わらず愛し続けたい。
小さな小さな毎日を。
その中に生きる、わたしのちっぽけな世界のすべてを。

怒りは愛だ。
悲しみも。
何かを愛しくおもうから
人は怒り、悲しみ、憎む。
それならば。
まだ大丈夫。
怒りが憎しみが叫びがあるこの瞬間も
その深く奥まったところには愛が潜んでる。
力が、ある。

諦めない。

転んでも、汚れても、泣き喚いても
何度でも、愛し続けるのだ。
| 23:38 | comments(0)